『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』ラスト簡易考察ー『俺妹』は本当にクソラノベだったのか?ー

 

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』ラストについて簡易考察。

管理人が現在原作を手元に持っていない上、読んだのが大分前なので記憶違いをしている可能性があります。それでも良い方のみ目を通してください。

 

 

最初に必ず「文章の読み方・書き方」を一読して下さい。

 

 

結論だけ分りやすく読みたい方はこちら

 

問題作の定義は様々ですが、ライトノベル業界における問題作として真っ先に名前が挙がるタイトルがあります。

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』、通称『俺妹』。

ライトノベルのタイトルが宣伝文句の羅列になる原因を作った作品であり、エロゲーをキーアイテムとして物語に組み込んでしまったがため、世にその存在を広めてしまったまさしく問題作です。

その一方でテキストの面白さ、キャラクターの魅力などで多くの人の心を掴んだ人気作品でもありました。

あの最終巻が発売されるまでは。

 

最終巻が発売されると同時にネットでは炎上

某通販サイトの評価欄は作品および作者への失望と罵詈雑言で溢れかえりました。

その最終巻の内容を自分の記憶している限りでまとめると以下。

 

 

桐乃が京介に好きだと告白

桐乃と京介が付き合う

桐乃と京介が模擬的な結婚を行い、キスをする

桐乃と京介が突然別れる

桐乃にキスし、桐乃が人生相談を持ちかけるという流れで終了

 

 

この内容で何が批判されていたかというと、自分の覚えている限り以下の三点でした。

 

1、「兄妹で好き合うなんて気持ち悪い。ありえない。」

2、「なんで別れるのか意味が分らない。」

3、「これから出る俺妹のゲームのためにわざとこんな誰ともくっつかない終わりにしたのでは?」

 

 

自分も当時読んでいて、立場としては2と3でした。

1についてはエロゲーをやってる身として何も感じないというのもあるんですが、

そもそも『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』なんてタイトルの本を所持してる時点で

アンタも十分気持ち悪いんだから自覚持てよって話。

なので、ここでは2と3について簡易考察します。

 

論点はたった一つ。「桐乃と京介はなぜ別れたのか」です。

これが分れば必然的に作者がどういう意図だったのか把握でき、3は自ずと分ることなので。

 

なぜ桐乃と京介は突然別れたのか。

それは恐らくですが、”兄妹エンド”だからでしょう。

このライトノベルのテーマは「兄妹間の恋愛」です。

最終巻では幼馴染に京介が散々言われるシーンがあります。

「兄妹での恋愛なんて気持ち悪い」と。それでは不幸になると。

そうした上で、この幼馴染は「自分が必ず振られるタイミングでの告白」を行います。

つまり、京介のこの先を憂うが故に、京介に踏ん切りをつかせるための告白です。

そして幼馴染の意図を理解した主人公は心の中で「最高の幼馴染め」と感謝するわけです。

 

ここから、物語のラストは必然的に「恋人という形態に囚われない、愛し合う兄妹としての形」を描かれなければなりません。

桐乃と京介が別れるのは模擬的な結婚を行い、キスをした後。

その後別れたのに京介は桐乃にキスをし、帰ったら人生相談だと言われます。

この人生相談というのは、今まで作中での使われ方でもそうですが新しい関係を始めるための儀式的な要素を持っています。

原作が手元に無いので分りませんが恐らくそういった作者なりの定義が書いてあると思います。

 

 

「ただの推測じゃないか」と誤解されかねないので一応根拠を書いておくと、桐乃と黒猫が対比の関係にあります。(作中、京介と付き合ったのはこの二人だけ)

黒猫が別れたらそれで終わりであるのに対し、桐乃は終わりではありません。

つまり兄妹としてずっと側にい続ける、ある種恋人以上の存在だと作者は描きたいのだと思います。

 

「それただの兄妹なんじゃないの?」と思われるでしょうが、高坂兄妹と赤城兄妹との対比に関する記述があります

妹が彼氏を作ったことに対し、京介が「あいつらは普通の兄妹だから」というような独白をしています。

これはつまり赤城兄妹と対比の関係にある桐乃と京介はこれからも兄妹間で恋愛をしていくということ。

 

まとめると、『俺妹』のラストはまさしくこれ以上無い、「兄妹(間の恋愛を描いた)エンド(桐乃エンド)」というのが真相。

 

 

ですが、はたして本当に読者が白痴だったために起った炎上だったのか?というと疑問が残ります。

当時なぜ自分がそういった事を考えなかったかというと、この作品は従来の対比の考え方を利用し、読める人が予測する展開をわざと外して話を描いていたからです。

最終巻を読むと同時に売り払ってしまったのでどこがどうとは言えませんが。

それまで散々対比を正当に使わずにきたのに、最後の最後で対比使ってそれで読めない読者が悪いというのは流石に作者と編集者が悪いのでは。

邪推かもしれませんが、そういった読めない人間が大勢いることを分っていながらゲームの売り上げの肥やしになるという考えがあったのでは?と個人的には思わずにいられません。

逆に、桐乃エンドが気に食わない人にとってはゲームに可能性を見出せるのである種の救いのつもりだったのかもしれませんが。

今となっては真相は分らないですね。

 

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