酒鬼薔薇聖斗の手記『絶歌』 感想

【前書き】

感想を述べる前に、まず言っておきます。


理性的に物事を考えられない人は、この記事を読まないでください。


なぜこんな事を先に言わせてもらうのか。

今日でこの本が出版されて3日目になりますが、管理人が見た段階で某大手通販サイトのレビュー数はなんと482件でした。

セールスランキング1位にもなっていたので有りえないことではないですが、「いくらなんでも3日でこのレビューは多すぎないか」と思いレビューに目を通してみて「やっぱりな」という印象でした。


ほとんどの人間が「買っていない」。


言わせて貰いますが、買ってもいないくせに批評してる人間は何を考えて生きてるんでしょうか。

金を払ってもいないくせに文句を言う権利があると思ってるんでしょうか

何の理屈もなく、「ただ自分が気にいらないから」という理由で正当な権利もなしに批判を書きなぐっている輩は何の理屈もなしに殺人を犯したこの加害者と根源的なところで何も変わらない。

本の出版そのものが気にいらないなら出版社に電話でもすればいい。


日本が衆愚政治に堕ちたと言われる原因がまさにこの輩でしょう。

見ず知らずの死んだ人間や遺族に同情の気持ちを感じ、犯人を一緒になって責めることで自分が正義であるような快楽に酔いしれるクソムシ共
あまりにも胸糞悪い。小学校レベルの教育から人生やりなおして、どうぞ。

 

【内容の前知識】

「客A」や「村人A」のように、「○○A」というのはモブキャラを表す言葉ですがこの国には一つ大きな例外があります。
「少年A」と言った場合、それは不特定な誰かではなく一人の個人を指すのがこの国の共通認識でしょう。
神戸連続児童殺傷事件―――通称、酒鬼薔薇聖斗(サカキバラセイト)事件
1997年、兵庫県において発生した一連の殺傷事件で特に小学校の校門に男子児童の生首が置かれていた事件はその残虐性と異常性から世間が震撼しました。
当時の総理大臣が「一刻も早い解決を」と言及したこともある異例の事件です。
兵庫県警は必死の捜査を行い、犯人の酒鬼薔薇聖斗(マスコミに送られた手紙に書かれていたペンネームから)を逮捕。
しかし犯人が捕まったあとこそが本当の問題でした。
犯人は、当時中学二年生の男子でした。
この事実は世間に衝撃の二文字を叩き込み、少年法改正のきっかけへ。
そしてマスコミは酒鬼薔薇を「少年A」として報道しサイコパス、少年犯罪の代名詞に。

【感想】

主に「少年A」の生い立ち、犯行に関して、犯行後の人生を一人称視点で書かれています。

ほとんどが生い立ちや犯行後の人生についてです。

犯行に関しては遺族に配慮したのか、他の理由があるのか詳細には書かれていません。

今なお、冤罪説が囁かれるこの事件のその部分について少しでも得られるものがあるのではないかという理由で自分は購入したので、分ってはいたもののその点は少し残念でした。

 

(初めて知った方には衝撃かもしれませんが、

この事件は「証拠」がありません

殺害のために使用したという金ノコギリは見つかっているものの、ルミノール反応が出ていません。少なくとも出たという話はない。

そもそも金ノコギリで人の首が切断できるのかも疑問視されています。

つまり「少年A」が犯人とされた理由は本人の自白のみ

この事件は未解決事件なのです。

 

もちろん「少年A」は犯行を認めていますし、彼が全くの無罪という事はないでしょう。

しかし、どうにもひっかかる部分が多い。

自分にはどうしても中学二年生が一人であの事件を起したとは思えない。)

 

そんな自分の思いをよそに本は淡々と彼の人生を述べていきます。

どうやら母親からの愛情の欠如が犯行の原因だったとか、結婚して幸せに暮らしているだとかは本の記述を信じるならば根も葉もない噂のようです。

 

感想として。彼の視点で物事を追っていくと、彼だけが異常でした

彼だけが根っこの部分で自分達とは違う、そう改めて認識させられます。

本からはそれに陶酔しているようにも、苦しんでいるようにも見えます

一つ真実があるとすれば、彼は彼なりに努力し、苦悩し、生きているようでした。

 

彼は何をやっても批判をされるでしょう。

それだけのことを彼はやったのだから仕方はありません。

しかし彼が申し訳ないと本に書こうが何しようが、それが本当かは他人には分らない。

ならばもう彼に出来ることは、生きることしかないのではないでしょうか。

死んで楽になることだけはして欲しくないし、それだけは彼も理解しているように感じました。

 

最後に、彼の手により亡くなった方々のご冥福をお祈りします。